評価分科会名: 鳥類分科会
1. 判定対象種情報
| ⽬名 | カモ目 | 科名 | カモ科 |
|---|---|---|---|
| Order | Anseriformes | Family | Anatidae |
| 和名 | ヒシクイ | ||
| 学名 | Anser fabalis serrirostris Gould, 1852 | ||
2. カテゴリー判定: 準絶滅危惧(NT) 判定基準: ①②
| 基準A: ― | 基準B: ― | 基準C: ― | 基準D: VU未満 | 基準E: ― |
生息状況の推移から見て、種の存続への圧迫が強まっていると判断されるもの。 具体的には、分布域の一部において、次の傾向が顕著であり、今後さらに進行するおそれがあるもの。 ②生息条件が悪化している。 【判断理由】 主要な越冬地である化女沼などでの釣り人、カメラマン、通行人などによる就塒妨害が確認されている。また、ねぐらとなる湖沼等の消失や環境変化に加え、採食地である農地の農法の変化等に伴う環境収容力の低下も課題となっている。 個体数が増加したマガンとの競合のほか、繁殖地のカムチャツカでの禁猟区解除による狩猟圧の影響も危惧される。
3. 概要
ロシアのツンドラ地帯で繁殖する亜種ヒシクイの内、カムチャツカ半島南部の群れが日本へ渡る。国内では北海道東部、道央、青森、秋田などを経て、主に宮城の化女沼まで渡り越冬する。かつては全国的に飛来し、関東圏にも越冬地が多かったが、生息地の消失等に伴い、現在では主に東北地方で越冬し、その生息地は20ヶ所以下に限られている。個体数は1970年代までに激減したと考えられるが、その後漸増し、近年はやや安定していると考えられる。ねぐらとなる主要な湖沼は保護区等に指定されているが、人為的攪乱等の悪影響が見られる。採食地となる農地は保護されておらず、農法の変化等に伴う環境収容力の低下が問題となっている。また、カムチャツカでは、日本へ渡るヒシクイの重要生息地が禁猟区として設定されていたが、2000年代に解除され、狩猟圧の影響が危惧される。
4. 掲載種の情報
基礎情報
【形態】
全長80~90 cmの大型のガン。全身ほぼ暗褐色で、上尾筒、下尾筒は白色。黒色で先端付近が橙黄色で頑健な嘴を持つ。特に下嘴中央部が太く見える。脚は橙色。類似する亜種オオヒシクイは本亜種より大きく(全長100 cm前後)、長い首と長くて薄い嘴を持ち、ハクチョウ類に似た体型。
【生活史】
夏期は、ロシア極東のツンドラ地帯に生息。繁殖個体は、河川、湖沼に隣接した草地に分散営巣。雛孵化後は家族単位でスゲ類の葉やベリー類の漿果などを採食。非繁殖個体は、安全な湖沼で集団換羽。秋・冬期は越冬地へ渡るが、カムチャツカ南部の群れは日本へ渡る。国内では、北海道のオホーツク海沿岸域(風蓮湖、濤沸湖など)を経由し、主群は宮城県へ渡り越冬する。越冬期は、夜間は湖沼(化女沼など)で過ごし、早朝にねぐらから飛び立ち、周辺水田などで採食する。亜種関係にあるオオヒシクイは、水生植物のマコモの根茎や、ヒシの種子を好むが、亜種ヒシクイは、陸上でイネ科植物の葉や収穫後の稲モミを好み、夜間に水田に留まることも珍しくない。越冬期も家族で生活し、その絆は翌年の繁殖期まで続く。
【生息・生育環境】
主に水辺(湖沼、河川)や農耕地(水田、畑、牧草地)に生息する。採食地としては、越冬地では水田を主に利用するが、中継地では牧草地や収穫後の畑(デントコーンやジャガイモ畑)を利用する。
| 生息・生育環境区分 | 【陸域_平地部】草地,田地・畑地,湿地・湿原,河川下流域,河口域,ため池・池沼,潟・湖・ダム湖 |
|---|---|
| 国土地域区分 | (2)里地里山・田園地域,(4)河川・湿地地域 |
【分布域】
エニセイ川河口より、レナ川、ヤナ川、インディギルカ川、コリマ川の各河口、チュクチ半島で繁殖し、日本、朝鮮半島、中国で越冬する。国内ではマガン同様普通種で、北海道、本州、八丈島、佐渡、四国などで見られた。埼玉県江戸川筋御猟場にも多く飛来していたが、1939年時点では激減している。千葉県手賀沼、和田沼、茨城県軽野村(現神栖市)にも群れで飛来していた(黒田 1939)。その後分布域は縮小し、太平洋岸の宮城県の内陸湿地に越冬分布するようになり、1986年までは伊豆沼や鳴瀬川河口を主なねぐらとしていたが、化女沼へねぐらを移し、現在は平筒沼や相野沼なども利用する。
現在の生息・生育状況
【分布域の現況】
夏期にロシア極東のハタンガ川からアナディール川流域、チュコト半島のツンドラ地帯、及びカムチャツカ半島西岸の低湿地帯で繁殖し、冬期に中国、朝鮮半島、日本などへ渡り越冬する。現在の主な渡りの中継地は、北海道東部(能取湖、濤沸湖、野付湾、風蓮湖など)、サロベツ原野、秋田(八郎潟干拓地、小友沼)。主な越冬地は、宮城県の化女沼、平筒沼で、伊豆沼、長沼、相野沼、蕪栗沼も不定期に利用される。近年は宮城県における個体数が減少している半面、気候変動による暖冬化の影響で、中継地の秋田県八郎潟干拓地や小友沼が越冬地化し、冬期間にも滞在する群れが見られるようになっている。また、日本海側の亜種オオヒシクイの越冬地では、多数の亜種オオヒシクイの中に少数の亜種ヒシクイが混じっていることがある。サロベツ原野を通過する亜種ヒシクイは、同時期にオホーツク海沿岸で観察されるより小型であることなどから、国内では複数の繁殖集団が越冬している可能性が考えられる。
【生息・生育地の現況】
亜種ヒシクイの生息地は、全国で20ヶ所程度に限られている。このうち、ねぐらとなる湖沼は、鳥獣保護区などで保護されているところが多いが、早朝に釣り人などによる就塒個体への妨害もある。周辺の耕地(採食地)は殆ど保護区化されておらず、農業事情で、耕作放棄や収穫後の水田を耕す「秋耕」で落ちモミが採食不能となる水田が増加した結果、環境収容力が低下し問題となっている。さらに、増加しているマガンによる競争排除も生じている可能性もある。国際的には、日本へ渡来する亜種ヒシクイの繁殖地・カムチャツカ半島の禁猟区解除により、日本の個体群への重大な影響が危惧されている。
【個体数の現況】
種ヒシクイ全体としては、1970年までに激減したが、その後漸増し、2000年から3年間は減少する傾向が見られた。近年、亜種ヒシクイは漸減傾向とされていたが、北海道におけるガン類合同調査(2017-2022)の結果からは、概ね1万羽前後が飛来しており、ここ数年における目立った増減傾向はなく、安定している。主要な越冬地である宮城県における個体数は減少傾向を示している。
存続を脅かす要因
主要越冬地・化女沼などでの釣り人、カメラマン、通行人などによる就塒妨害が確認されている。また、ねぐらとなる湖沼等の消失や環境変化に加え、採食地である農地の環境変化も課題となっている。このほか、個体数が増加したマガンとの競合、繁殖地のカムチャツカでの禁猟区解除による狩猟圧の影響が危惧される。
| 要因の区分 | (過去) | 湖沼開発,河川開発,海岸開発,湿地開発,捕獲・狩猟/園芸採取,その他(農地・農法の変化、人による就塒妨害) |
|---|---|---|
| (現在) | 圃場整備,捕獲・狩猟/園芸採取,競争/競合(在来種による),その他(農地・農法の変化、人による就塒妨害) |
特記事項
日本雁を保護する会とロシア科学アカデミーとの共同標識調査で、カムチャツカ半島南部の個体群が日本へ渡ることが明らかになった。
旧レッドリストカテゴリーと掲載名
| 第4次 2020 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第4次 2019 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第4次 2018 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第4次 2017 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第4次 2015 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第4次 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第3次 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第2次 | ヒシクイ | Anser fabalis serrirostris | VU |
| 第1次 | ヒシクイ | Anser fabalis serrerostris | R |
都道府県レッドリストデータブック掲載状況(令和6年度末時点)
【北海道】留意(N),【青森県】希少野生生物(Cランク),【岩手県】準絶滅危惧,【宮城県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【秋田県】準絶滅危惧(NT),【山形県】情報不足(DD),【福島県】準絶滅危惧(NT),【群馬県】絶滅危惧ⅠB類(EN),【埼玉県】絶滅危惧ⅠA類(CR)(越),【千葉県】消息不明・絶滅生物(X),【東京都(本土部)】絶滅(EX),【東京都(区部)】絶滅(EX),【新潟県】準絶滅危惧(NT),【富山県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【石川県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【福井県】要注目,【滋賀県】絶滅危機増大種,【兵庫県】Bランク,【鳥取県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【島根県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【岡山県】絶滅危惧Ⅱ類,【山口県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【長崎県】情報不足(DD),【熊本県】要注目種(AN),【大分県】絶滅危惧Ⅱ類(VU),【鹿児島県】絶滅危惧Ⅱ類,【沖縄県】絶滅危惧Ⅱ類(VU)
保護に係る法令指定状況(令和7年度末時点)
国指定天然記念物,鳥獣保護管理法
5. 参考⽂献
池内俊雄,2017.ヒシクイ・オオヒシクイQ&A50.雁の里親友の会,宮城. 環境庁,1991.日本の絶滅のおそれのある野生生物(脊椎動物編).自然環境研究センター,東京. 環境省自然環境局,2020.モニタリングサイト1000 ガンカモ類調査 2004~2017年度 とりまとめ報告書.環境省生物多様性センター,山梨. 環境省自然環境局,2022.第52回ガンカモ類の生息調査報告書.環境省生物多様性センター,山梨. 呉地正行・横田義雄・大津真理子,1983.ヒシクイAnser fabalis serrirostrisとオオヒシクイA. f. middendorfiの野外識別についての考察.鳥,32: 95-108. 呉地正行,1983.日本にはオオヒシクイのほうが多かった ヒシクイの亜種調査行.アニマ,(129): 18-22. 呉地正行,1997.シリーズ「この鳥を守ろう」の現在 第25回 ヒメヒシクイ-ロシアヒシクイの最も東の個体群μm-.私たちの自然,(425): 18-21. 呉地正行,2006.雁よ渡れ.どうぶつ舎,東京. 黒田長道,1939.雁と鴨.修教社書院,東京. Li et al., 2020. Population trends and migration routed of the East Asian Bean goose. Wildfowl, special issue 6: 124-156. 宮林泰彦編,1994.ガン類渡来地目録.第1版.雁を保護する会,若柳. Miyabayashi, Y. and T. Mundkur, 1999. Atlas of Key Sites for Anatidae in the East Asian Flyway, pp. 31-34. Wetlands International. 嶋田哲郎,1996.シリーズ「この鳥を守ろう」の現在 第17回 ヒシクイとオオヒシクイ-亜種間で異なるその生態-.私たちの自然,(417): 18-21. 嶋田哲郎,2010.気象条件にともなうヒシクイの短期的移動.Bird Research,Vol. 6,pp. S7-S11. 山階鳥類研究所,1975.この鳥を守ろう.霞会館,東京.
6. アセスメントサマリー(Assessment summary)
Anser fabalis serrirostris has been assessed for threatened wildlife of Japan Red List 5th edition. Anser fabalis serrirostris is listed as NT under criteria ①②.
The species that is considered to be under increasing pressure for survival, as indicated by habitat status trends, specifically with the following notable tendencies in parts of its distribution that are likely to continue. ①The number of individuals is decreasing. ②Habitat conditions are deteriorating.
| Habitat types | 【Terrestrial/Freshwater area_Plain】Grassland, Farmland, Wetland, Lower river basin, Estuary, Reservoir/Pond, Lagoon/Lake/Dam |
|---|---|
| Threat types | Field preparation, Hunting and collecting animals/Gathering plants, Competition (with native species), Other |
| Law designation status for conservation | Nationally Designated Natural Monument. Wildlife Protection, Control, and Hunting Management Act. |
| 執筆者: | 牛山克巳(宮島沼水鳥・湿地センター) |
| Author: | Katsumi Ushiyama |
| 協力者: | 嶋田哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団) |
公開年月:2026年3月